『サリンジャー戦記』『ライ麦畑でつかまえて』
- 作者: 村上春樹,柴田元幸
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2003/07/19
- メディア: 新書
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- 作者: J.D.サリンジャー,野崎孝
- 出版社/メーカー: 白水社
- 発売日: 1984/05/20
- メディア: 新書
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この『ライ麦畑』という小説は実に不思議な作品で、めちゃくちゃハマッたり、人生の愛読書になったりということは決してないのだが、なぜか心の片隅に残り続けている(いくであろう)作品だと思う。
よく言われている評価として、「社会に反抗する無垢な少年の物語」というものがある。
しかし、実はこの物語は「対:社会」なのではなく「対:自分」という内面葛藤を主題とした物語なのではないだろうか。
思い出してみると、主人公はずっと誰かに向けて語りかけている。それは自分自身への問いかけなのだ。
又、社会へのカウンター的要素を評価されているが、物語を振り返ってみると驚くほどハッピーエンドではない。
主人公は、親に黙って学校を中退し、もう家には戻らないと決意し放浪の旅に向かう。その中で、内面的葛藤を経て再び力なく家路につく。
ここには何の発展的結末もなく、ただ振り出しに戻ったにすぎないという感がある。
そして、主人公はこの話を病院(おそらく精神病院)で語り始めるという非常に不遇な物語なのだ。
主人公の性格も躁鬱的で行動も常軌を逸している。しかし、彼の抱えている問題・一つ一つの心情というのには強い説得力がある。
主人公のそういう「普通でありながら同時に普通ではない」というところや青春小説の型通りの部分がありながら同時に完全に違った部分を持っているというところの二面性が非常に面白い。
出版されて50年の年月を経て、もはや「古典」となった『ライ麦畑をつかまえて』。
しかし、抜群の言い回し・文体を含め、多用な読みに耐えてくれるこの作品に古さは感じられない。
又、翻訳的にも長年出版されてきた野崎孝と2003年に新しく翻訳された村上春樹の二つがあり、多様な広がりを見せている。
もし、まだ読んでいないという人がいればぜひ読んでみてはどうですか?
イノセンス
- 出版社/メーカー: ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社
- 発売日: 2006/12/06
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−では
シーン1
- アンドロイドによる所有者殺害の暴走事故で何故か駆り出される9課のバトー。(9課は公安なので本来こういうものには手を出さない。)
- 人形はバトーと会うなり、謎の自壊を遂げる。
シーン2
- 事件後、9課内でバトーと荒巻が話す。なぜ9課が介入したのかという真相は、こういったアンドロイドによる所有者殺人が既に8件も起こっていたということと合わせて主に2つ
- ①この暴走事故での遺族からメーカー側への告訴が一件も提出されていないこと→示談ですまされているということ(→後述されるが、どうやら暴力団が絡んでいたからのようだ)
- ②被害者の中に政治家や公安関係の者がいて事故ではなく事件・テロの可能性があることだった。(→結局この線は消える。9課介入の口実だっただけ)
シーン3
- 本格的にこの事件を調査することになった9課。 まず向かったのは例の自壊したアンドロイドがある鑑識課だった。 そこで9課はアンドロイドが発することがないはずの「助けて」という言葉を耳にし、より絡み合った何かがあるはずだと確信する。
シーン4
- その帰り道、又事件の知らせがくる。 例のアンドロイドのメーカー=ロクス・ソルス社の出荷検査官が殺されたという事件だ。
- その調査により、周辺に暴力団関係の車が止まっていたことが分かる。 又、そこで謎の少女の写真を見つける。
シーン5
- 再び9課での会話。 暴力団の幹部が例のアンドロイドに殺されていたことが発覚。それを理由に出荷検査官は殺された。
- しかし、何故出荷検査官は逃げずにずっと家にいたのか?会社の方でもわざと休暇を取らせて家に閉じ込めていた。 なにかロクス・ソルス社と暴力団での間で密約があったのではないだろうか?という疑問が浮上。
シーン6
シーン7
- 予想したのはいいが、しっかり電脳ハックされちゃったバトーちゃん。 そして、素子のことを気にしすぎだとまで同僚に言われちゃったバトーちゃん。ダサダサ。
シーン8
- ロクス・ソルス社の本社を当たるしかないというので北端に飛ぶ。
- しかし、バトーの独断で本社には当たらずにバトー顔見知りのハッカー・キムに会いに行く。どうやら、バトーはこいつが自分を電脳ハックしたのだと予想しているようだ。
シーン9
シーン10
- ロクス・ソルスが怪しさはプンプン臭うが物証がないので、 ついにロクス・ソルスに乗り込む。
- 潜入中、防犯プログラムが作動し、アンドロイドが向かってくる。ドンパチ。
- またもや素子現る。アンドロイドにゴーストを入れているだけなのにバトーが再会に大感動。
シーン11
- ついに物証を確保。ロクス・ソルスはゴーストダビングをやっていたのだ。
- そして、アンドロイドの暴走の真相は、その脳をダビングされていた少女と出荷検査官による内部告発だった。→アンドロイドが壊れれば調査にくると思っていた。
一応、事件は解決。
でも、バトーはその少女に激怒。お前なんかよりアンドロイドの方が僕は大事だもん!と妄言を吐く。
存在の無くなった素子やそれに近い存在のアンドロイドに萌え萌えなバトーちゃん。それにあきれて、素子はさっさとおさらば。
ラストシーン
- バトーが相方・トグサを家に送る。トグサはもちろん娘を抱きしめる。
- そんな中、バトー。そのかわいい娘には目もくれず、娘の持っているお人形さんを凝視。
そこに素子は入っていません! いい加減にしなさい、バトーちゃん! というところでエンドロール。
という素子を愛しすぎたバトーちゃんの悲しい恋愛映画なのでした。
オールド・ボーイ
割と好印象だった作品。最後のオチに関しては、しっくりきたとは言えないが、映像の見せ方・俳優の演技等がすこぶる秀逸だ。
ストーリーは何度も見てしまうとどうしても腐ってしまうが、そこに演出・演技の巧みな防腐剤が入ることで、つい何度も観たくなってしまう。この作品もそんな印象がする。
1カット目で出てきた何でもないサラリーマンが最後にはオーラを異様に放つおじさんに変わっていたという巧みな演技。乱闘シーンを横アングルの1カットで撮りきるという奇抜な演出。主人公の髪の毛が驚くほどパッサパサなのもハリウッドにはないキャラ設定だ。韓国映画だが、きっちりハリウッドにはない作品を作っていて、頭のいい監督だなと思った。
B+
立喰師列伝
実は、この映画『立喰師列伝』の評価をどうすべきか悩んでいた。大衆受けするものではないし、押井守作品の中でも一番良いというものではない。
では、駄作だったのだろうか……。
しかし、その「駄作」という烙印を押そうとするといつも自分の中で「でも、個人的には意外と好きな作品なんだよな〜」という気持ちが邪魔をして簡単にはその烙印を押せなかったのだ。
リアルと虚構を織り交ぜながらの戦後史を通して、立喰師列伝というこれまた虚構の職業を描くというのは胡散臭くて面白かったし、その胡散臭さを饒舌な押井節という語りで塗り固めていくというのもそれに輪をかけて、もはや嘘臭い雰囲気を醸し出していて、かたよった趣向の娯楽作品が好きな自分としては割と飽きずに最後まで楽しめた。
では、「映画」としてどうだったのかと聞かれると正直口ごもってしまう。とうとうと語られるナレーションに絵が時々パタパタと動くだけ。。 どう考えても「映画」的には失敗だ…。
じゃあ、どうすれば良かったのか。
僕はラジオドラマにすれば良かったんじゃないかと思っている。先ほども言ったように基本的には音声を主体としてキーワードになる部分の絵をスライドショーのようにただ見せているだけの映画だ。とすれば、このスライドショーのような映像は個人の想像の中だけでも十分に可能で、必要ない映像なのである。一度、映像を観ずに音声だけで楽しんでみればいい。そうすると、案外こんな映像あってもなくてもどっちでもよくなってくる。(あの映像自体に魅力がわかなかったので、余計そう思ってしまったのかも知れないが。。)
そういう意味でも、元々押井さんの個人的な趣味の映画なんだから劇場公開映画になんかせず、ラジオドラマ・CDドラマなんかにした方が押井守好きとしては困惑せずにすんだのになーと思った。
話自体の嘘くささは大好きだが、映画としてはちょっと… ということを考慮してこの評価 B+
谷口ジロー作品
「谷口ジローが一番好きだ!」という人を見たことがいない。恥ずかしながら、僕自身も決して一番好きではない。なぜか?
地味だからだ。地味すぎるからだ。
しかし、僕はこれがマンガの真ん中だという印象を持っている。セリフだけで綴られるマンガや紙芝居のようなマンガやパズルのようなマンガなどたくさんの風変わりなマンガが存在する。それを否定するつもりはないが、谷口ジローの作品にはそんなものにとらわれないどっしりとした気風を感じさせてくれる。
なので、前衛的とされる漫画家ばかりを追っている人を見かけるとつい肩を叩いて谷口ジローを勧めたくなってしまうのだ。
大の大人が回転寿司で食べ終わった後に最初に言う言葉が「ラストの2枚……あれが効いたな」はないだろう。しかも、タバコを吸って完全に決めゴマなのだ。谷口ジローのハードボイルドなタッチにそのセリフ。何のことはない、ギャグマンガなのだ。
大人が一人で焼肉を食いまくり、「俺ってまるで人間発電所。」なんて言ってしまうこの男の孤独なグルメを見ているとついこちらも楽しくなってしまう。
谷口ジローの秀逸な絵と原作者・久住昌之のセンスが見事にマッチした何度見ても飽きない見事な一作だ。
A−
この作品、山を登る男たちの話なのだが、これは絶対に谷口ジローしか書けないと言っていいと思う。原作者の夢枕も「谷口ジロー以外にはない」と断言している。それは、山の質感・壮大さをこれほどまでに上手く表現できるのは、谷口ジローしかいないからだ。
山に登る男たちの息遣い、どれほど山に登るということが厳しいことか、これを読んで分からない人はいない。
読んだ後、自然と自分の息遣いも荒くなる。谷口ジローが山へ導いてくれるのだ。
(リンク:http://plaza.bunka.go.jp/festival/backnumber/13/sakuhin/kamigami.html)
B+α